まっくろせかい - 零版

幻想的〝芸術解題〟集

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鏡の中のあなたへ


谷山浩子の曲で中でいちばん好きなのは、 『 あたしの恋人 』 だ。


鬱々とした気分の時はもちろん、
とりあえず何か聴きたいと思った時などにも、まずこれを聴いたりします。

『 鏡の中のあなたへ 』(1978年) というアルバムの1曲目に入っている曲で、
私は復刻版のCDで聴いてますが、

まず1曲目の 『 あたしの恋人 』 を聴いて、
2曲目の 『 桜貝 』 は聴くこともあるけど大抵は飛ばして、
3曲目の 『 紙ひこうき 』 を聴いたらそれで一段落。

そして、また戻って 『 あたしの恋人 』 と 『 紙ひこうき 』 を何度も聴いたりする。
(そして時々 『 窓 』 を聴いたり 『 星のマリオネット 』 を聴いたり…。)



『 あたしの恋人 』 。この救いようもなく暗い曲は、
ぜひ miwaさんにカバーしてもらいたいです(笑)。 ←しないしない。

まぁ(いくら御本人と一緒とはいえ)和田アキ子の 『 古い日記 』 を歌うくらいだったら、
こっちのほうがずっといいと思うんですけどね。
( 「 MUSIC FAIR 」 で歌うだけならまだしも、 「 FNSうたの夏まつり 」 でまたやるなんて! あとももクロ出すぎ!)


『 紙ひこうき 』 のほうは、
NHKか何かの合唱コンクールで中学や高校の合唱部の皆さんに熱唱してもらいたいです。 ←ないない。

「 あの人のむねーにーー つきささ~れ~~~~!!! 」

と表情も豊かに歌いあげれば、なかなか様になると思うのですが、どうでしょう?




とまぁ冗談(?)はさておいて、

『 あたしの恋人 』 と 『 紙ひこうき 』 は、どちらも絶望的で、夢も希望もないような曲ですが、
私は、まだ 『 紙ひこうき 』 のほうが僅かに救いがあると思うのです。

なぜそう思うかといえば、 『 紙ひこうき 』 にはまだ 「 夢や希望 」 があると思うから。

確かに 『 紙ひこうき 』 では

「 何も欲しくない 何も夢みない 」 と歌われています。

でも、数限りなく紙ひこうきを折り続ける行為の背後には、
そんな行為に彼女を駆りたてる心の原動力があるわけです。
(たとえそれが憎しみに支配された結果の所業だったとしても)

私は思います。その原動力が 「 夢や希望 」 です。


「 夢や希望 」 は、遠くにあるものやキレイなものばかりとは限らない。
人間を何らかの行動に駆りたてるものは、すべて 「 夢や希望 」 だ。

「 明日のあの仕事、どう切り抜けよう 」 とか 「 晩ごはんのおかず買いに行かなくちゃ 」 とか
考えている人には 「 夢や希望 」 がある。

何も考えていないようでも、
飯を食って、便所に行ってクソをしてケツを拭く人は、 「 夢や希望 」 がある人です。


輝かしいものでなくても、身近な日常の中のことでも、必要に迫られてやっていることでも、
人がそれをやっているのは、その人の中にそれをさせる原動力 「 夢や希望 」 があるから。



何を説教くさいこと言ってるんだって思うでしょう。

じゃあ、 「 夢や希望 」 がなくなったら人間はどうなるか?


眠ってしまうんです。
「 もうどうでもいいや 」 と言って寝てしまう。
そうして、やがて死んでしまうのです。

(もっとも、大抵の場合は、その前にむっくりと起き上がって、
再び何やらゴソゴソと始めるというのが現実でしょうが…。)


さてどうでしょう。
「 夢や希望 」 について、説教くさく長々と書きましたが、
私がそんなふうに考えるようになったのは、
ある物語の中のちょっとしたエピソードにインスパイアされて以来のことなのです。

その物語というのは、NHKでやってたアニメの 『 カスミン 』 。
で、私が 「 むむむ 」 と思ったのは次のようなお話。


「 三つ編み様 」 というしっぽの3本ある猫みたいな妖怪(?)がいて、
そいつは人間一人一人が持っている 「 夢や希望 」 の源である 「 心珠(こころだま) 」 を食ってしまうんですけど、
食われた人間は 「 もうどうでもいい 」 とか言って、その場で眠ってしまう。
そんなちょっとしたお話。(まぁそれなりに怖いといえば怖い。)


では、何の志もなくボーっと生きてる奴は眠らないかといえば、そんなことはなかったから。
つまらない奴も、それなりの 「 夢や希望 」 という原動力を持って生きている。


まぁ普通はそんないろいろな原動力の中から、
ある程度大きな価値があって、生活の質を心的に高めてくれるようなものだけを
「 夢 」 とか 「 希望 」 とか呼んだりするんでしょうけどね。




谷山浩子の 『 紙ひこうき 』 の世界の中には、
「 絶望 」 と 「 夢や希望 」 が共存している。
そんな言い方は、あまりにもおかしいですかね?

考えようによっては、
「 もうどうでもいい 」 と感じる領域が増えれば増えるほど、
その人の人生は疲弊して、 「 絶望 」 が大きくなっていると言えるかもしれません。

そんな絶望を背負ってキリキリと音を立てながら
小さな 「 希望 」 にしがみついて生きている。
それが 『 紙ひこうき 』 の世界ではないでしょうか。





では、 『 あたしの恋人 』 の 「 あたし 」 と 「 あの人 」 の場合はどうでしょう。

すいません。
miwaさん、ぜひ歌ってください(笑)。








  1. 2014/08/17(日) 23:34:13|
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