まっくろせかい - 零版

幻想的〝芸術解題〟集

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乞食の話


私がまだ小学校低学年くらいの頃には、
国鉄大阪駅前の歩道橋の上には、ごく普通に乞食がいたものである。


今でもたまに妙に明るい奴が乞食の真似事をしていることはあるが、それはまた別物だ。
あの当時私が見た乞食たちは本物のプロの乞食であるから、
きたない格好をして座り、施しを受けるための茶碗だか空き缶だかの器を自分の前に置いて、黙ってうつむいていた。
私もその頃は大阪の街なかへ行くことなど家族と一緒にごくたまに出掛ける時ぐらいであったが、
ある時、祖母が 「 あそこに入れてきてみ 」 と言って私に小銭を渡したことがあった。
私がおそるおそる器の中にお金を入れると、
乞食はべつに 「 おありがとうございます 」 などと芝居じみたセリフを言うわけでもなく、
うつむいたまま一瞬深く上体を曲げて頭を下げ、すぐまた元の姿勢に戻った。まるで機械じかけのような、素早い動きの無言のお辞儀だった。


「 乞食は三日やったらやめられん 」 という言葉を私に教えたのは私の親だったが、それはまだいいとしても
「 乞食も親分ともなればすごい金持ちで、いい家に住んでいる 」 などといういい加減な豆知識 (?) を自分の子供に吹き込むのはいかがなものだろうか。だいたい 「乞食の親分」 とはどういう人なんだ。


今ではさすがに乞食をしている人を見かけなくなったのは、やはり今の時代はいろいろと社会的な制約が多く、乞食をさせてもらえない環境になってしまったからだろう。人の意識も変わったかもしれない。
それに一応 (あの当時も現在も) 乞食をするのは犯罪 (軽犯罪法違反) ということになっている。


でも街を歩いていると、たまに理由もなく金をくれと言われることがある。
恐喝や強盗ではない。自分は貧乏だからアンタの持っている金を少しくれとか、借りた金が返せなくて困っているからちょっとアンタが出してくれとか、わけのわからないことを知らないオバハンや年寄り (なぜか大抵は女性なのだが) が言ってくる。もはや寸借詐欺でもない。理由はないけどオマエの金をくれと言ってくるのだ。そんなワケワカなことを言ってもかまわないようなオーラを私は出しているのか。
こういうのは無視するしかないのだが、これはやっぱり一種の乞食だろう。それも、路傍に座って施しを待つのよりずっとタチが悪い。刑罰法規の適用は謙抑的であるべきだが、あまりしつこいのは実際に軽犯罪法違反になると思う。


まぁでもわからなくはない。
たとえマトモに働いて暮らしている社会的地位のあるような人であっても、他人と理性的な交渉を持つ必要があるのは、あくまで相手を自分と対等な人間と認めた場合だけだと考えている人は少なくないし、
ひとたび誰かのことを頭の中が空っぽの人間だと認識したなら、その相手を人間ではなく、まるで家畜や犬猫のように扱う連中がこの世間にはたくさんいるということを、私はよく知っているからだ。


街なかで遭遇する不条理でおしゃべりな乞食たちも、私のことを頭の中が空っぽの人間だと思って絡んでくるのだろう。
じっさい最近はずいぶん脳みそが減ってきているかもしれない。
せいぜい自分が不条理な乞食にならないように注意することにしよう…。まだ間に合うならば。




  1. 2014/12/28(日) 22:47:58|
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